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川﨑直人 Naoto Kawasaki
機密書類の110番 抹消仕事人 最高責任者
| 1997年
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上智大学経済学部卒 |
| 同年 |
みずほ銀行(旧第一勧業銀行)入行 |
| 2003年 |
銀行を退職し、家業を継承。 |
| 2004年 |
機密書類の110番抹消仕事人を企画・運営。 |
| 2007年 |
株式会社日本シュレッダーサービス代表取締役就任 |
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現在に至る。 |
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銀行員時代には、窓口業務からスタートし、 外為業務、
融資事務を経て、 その後、約5年間、営業担当者として勤務。
東京下町では、業況が厳しいお客様を中心に担当。
「10年後に感謝される担当者」 を合言葉に、企業再生チームを立ち上げる。
そして、会社の業績改善、資金繰相談について、社長とともに頭をひねる毎日。
感謝の言葉をたくさんいただいた一方、時には社長にとって厳しい提案をし、
嫌われ役になったことも。
2002年には、中堅行員として支店の優良賞獲得に貢献する。
家業は、母方の祖父が創業したもの。本人は3代目となる。
2004年、今まで自社が行ってきた「機密書類の処理」というサービスを、
より多くの企業にご利用いただきたいと、自社の強みとノウハウを徹底的に検証。
結果、「機密書類の110番 抹消仕事人」という、明確な形のあるサービスを作り上げる。
もともと、下請け的性格が強く、価格・サービス内容ともに不透明な業界。
その中において、「サービス内容を明確にして、明瞭価格で提供する」ということは、
実は、業界の非常識。お客様からの視点で、わかりやすいサービスを追及している。
「書類の管理は、まず、絶対に安全であること。
そして、それを長く続けるためには、面倒でないことが大切」が信条。
2004年に、小冊子「機密書類はまだ処理するな!」を執筆。
処理業者を選ぶ前に、知っておかないと後悔する業界知識を、わかりやすく公開している。
生まれも育ちも埼玉県(現在のさいたま市)。
高校は地元の
県立男子校に進学。
男友達には恵まれたが、女性には縁遠い毎日。
文化祭で女子高生がたくさん来校しても、なぜか
応援部の応援(?)で熱く盛り上がってしまう始末。
せっかくのチャンスをモノにできたためしがない。
「お約束のルート」と胸を張って、
友達みんなと高校4年生(浪人生活)を経験。
高校までは大宮市(現在のさいたま市)が一番の大都会と思っていたが、
浪人時代に新宿、原宿、渋谷を知って、
「東京はスゴイ」と感動。
「絶対合格」という目標と、遊びの誘惑で、もんもんと勉学に励む毎日。
1年後、マークシート式試験の運が味方をして、上智大学に
スレスレで合格。
「英語ができる」とよく勘違いされるが、経済学部と英語は無縁。
この勘違いには、今でも悩まされている。
大学では格闘技とボランティア活動に専念。
期末試験をあの手この手でクリアーし、長期の休みには海外を歩き回った。
(ここでも繰り返すが、私は本当に英語ができない。それでも、なんとかなった。)
数ヶ月間とはいえ、いつも
消息不明となる息子に、両親はどんなに心配していただろうか?
思い出すたびに、感謝と申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
しかし、高校まで地元しか知らなかった自分が、数年後、地球の裏側を旅しているとは!
旅行は、ほとんど一人旅。分かち合う人がいないと、
不安は2倍。喜びは半分。
でも、その自信と経験が、その後、大きな財産となった。
大学は4年間で無事に卒業。
社会人になるときに会社の寮生活となり、
東京に住むことに。
銀行での毎日は宝物。
怒られた経験、怒られた経験、怒られた経験、・・・やっぱり、すべてが財産。
銀行での仕事、人との出会い、そのすべてが財産。
今までの人生、どこか1日欠けても、今の自分はいない。
誰か一人、知り合いが欠けていても、今の自分はいない。
今までも、そしてこれからも、すべてに感謝。